2010年08月
2010年08月11日
エイチ・エス・エス・ティ HSST-04('88さいたま博覧会)
日本航空からHSST開発部門を分離し設立された株式会社エイチ・エス・エス・ティが公開運転していたHSST。鉄道事業に基づかないものの、一般人が普通に乗車できたHSSTとしては昭和60年の国際科学技術博覧会などに使用されたHSST-03に次いで二番目。路線が高架線で、曲線部がある点が科学万博の路線と異なります。山崎製パンがオフィシャルスポンサーとなっていました。なお、これの次に横浜博覧会で登場したHSST-05が初めて鉄道事業に基づいて運行されました。
【'88さいたま博覧会記念はがき(一部)】

郵政省が発行した'88さいたま博覧会記念はがきのうち、リムトレンおよびHSSTに関する図柄のみ掲載します。左は会場全景。中央部にHSSTの高架橋。上部にリムトレンの線路が見られます。右はHSSTとリムトレンの図柄。HSSTの前面には山崎製パンのシンボルマーク。リムトレンの前面には祝開業のヘッドマークが見られます。

写真左は『'88さいたま博覧会記念はがき発行展』小型印。ロケットの様なHSSTとリムトレンと思われる2本の横棒が描かれています。
【関連記事】
《さいたま博覧会のその他の乗り物》
秩父鉄道 パレオエクスプレス運行開始
社団法人日本モノレール協会 '88さいたま博覧会リニアモータ新交通実用実験線(リムトレン)
《その他のHSSTを運行した博覧会、実験線、リニモ》
日本航空 HSST-03(国際科学技術博覧会)
エイチ・エス・エス・ティ YES'89線
中部エイチ・エス・エス・ティ開発 大江実験線
愛知高速交通 (愛称)リニモ
【'88さいたま博覧会記念はがき(一部)】

郵政省が発行した'88さいたま博覧会記念はがきのうち、リムトレンおよびHSSTに関する図柄のみ掲載します。左は会場全景。中央部にHSSTの高架橋。上部にリムトレンの線路が見られます。右はHSSTとリムトレンの図柄。HSSTの前面には山崎製パンのシンボルマーク。リムトレンの前面には祝開業のヘッドマークが見られます。
写真左は『'88さいたま博覧会記念はがき発行展』小型印。ロケットの様なHSSTとリムトレンと思われる2本の横棒が描かれています。【関連記事】
《さいたま博覧会のその他の乗り物》
秩父鉄道 パレオエクスプレス運行開始
社団法人日本モノレール協会 '88さいたま博覧会リニアモータ新交通実用実験線(リムトレン)
《その他のHSSTを運行した博覧会、実験線、リニモ》
日本航空 HSST-03(国際科学技術博覧会)
エイチ・エス・エス・ティ YES'89線
中部エイチ・エス・エス・ティ開発 大江実験線
愛知高速交通 (愛称)リニモ
2010年08月10日
社団法人日本モノレール協会 '88さいたま博覧会リニアモータ新交通実用実験線(リムトレン)
【リムトレンの運行路線・計画路線】
《'88さいたま博覧会リニアモータ新交通実用実験線》
昭和63年3月19日~5月29日に埼玉県で開催された『'88さいたま博覧会』では二つのリニアモーターを使用した鉄道が出展されました。
左の図は埼玉博覧会の記念はがきの写真を(完全ではないですが)平面に近づけ、二つの会場内鉄道の路線図を示したものです。リムトレン、HSSTともに駅が一箇所設置されており、往復乗車による公開運転が行われていました。
リムトレンは社団法人日本モノレール協会が開発した鉄輪式リニアモーター式鉄道(集電は第三軌条方式)の愛称で、'88さいたま博覧会会場内に設けられた延長850mの『'88さいたま博覧会リニアモータ新交通実用実験線』にて実験走行を行いました。実験線には半径30mの曲線やロングレール、60‰の勾配、高架橋も設置され、会期前後に車両の走行性能、車両・地盤・高架橋の振動測定など各種実験を行っています。
日本モノレール協会の実験と同時期に、社団法人日本地下鉄協会でも大阪に60‰勾配・半径50mの曲線を備えた延長1,850mの大阪南港実験線を設置し、鉄輪式リニアモーター式鉄道(集電は架線集電方式)の実験を行っていました。後に日本国内に普及するリニアメトロは、終電方式をはじめ、各種技術については日本地下鉄協会のものを発展させたものです。
そうなると日本モノレール協会がリムトレンの実験を行っていた目的が一体何だったのか疑問に思えてきましたが、大きな違いは導入箇所がモノレールと同じく街路上にあることを前提としているため、日本地下鉄協会の実験よりも厳しい基準である急曲線への対応と騒音対策でした。昭和50年代以降からは街路上への交通機関として新交通システム(ゴムタイヤで走行するAGTと呼ばれるもの)が中心に導入されてきました。しかし、AGTではゴムタイヤを使用することによって分岐部の集電構造が複雑化することなどから建設費が高額で、建設後の保守費も高額となります。リムトレンでは鉄輪式を採用するためゴムタイヤ式より低コストとなり、更に同協会では車両の低床化によってホームが低くなるメリットも打ち出しています。これらの要因によってAGT(横浜新交通金沢シーサイドライン)と同条件における建設費の比較では19%も低廉になるそうです(1988年『モノレールNo.63』P.47)。
日本モノレール協会では複数の自治体からの委託によりリムトレン導入に関する調査を行っていました。特にさいたま博覧会と同時期には埼玉県の大宮市、浦和市(当時)の周辺に具体的な導入計画がありました。現在でもLRT導入を唱える団体が見られるのは、その名残かも知れません。これらの調査対象となった区間で実際に開業したものに『ゆりかもめ』がありますが、AGTが採用されており、残念ながらリムトレンではありません。ゆりかもめでは平成18年4月14日に船の科学館駅付近でホイールハブ破断によるタイヤ脱落事故が発生しており、今までの日本国内におけるAGTの歴史の中で重大な事故となりました。原因は、ホイールハブの長期使用による金属疲労と材質不良となっていますが、実際には事業者が見込んでいた修繕の周期より早く交換する必要が出てきてしまったという事でしょう。ゆりかもめの利用者がAGTとしては非常に多く、部品の劣化を早めたとも考えられます。復旧に3日も要しているのは今までに類を見ない事故である事以外に、AGTの複雑な構造から事故車の搬出に時間がかかった事も原因でしょう。AGTの様々なデメリットを露呈するものでした。仮にリムトレンが導入されていれば、都営大江戸線との直通の可能性が高まり、利便性、安全性がAGTを上回っていたかも知れません。
《三橋中央通線》
さて、同協会が埼玉県内で特に先行して導入することを唱えていたのが、三橋中央通線でした。埼玉県内の広範囲にわたる計画のうち、水判土(みずはた)~大宮駅西口間(約3㎞)の計画でした。途中に国道17号との交差点があり、それらの渋滞を避けるため、水判土で既存の路線バスから乗り換え、大宮駅西口に向かうもので、水判土には車庫、バスターミナル、商業施設等を開発するという路線延長の割にはもの凄く大きなスケールの計画でした。
写真は大宮市内の国交省空中写真(平成元年度)に三橋中央通線の計画線を水色の線で書き足したものです。水判土駅から少し西に向かったところより、将来的には埼玉大学・浦和駅方面(南側)と指扇・上尾市方面(北側)に分岐、延伸する計画となっていました。
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【モノレール誌(No.65)】
社団法人日本モノレール協会の会報。昭和63年に発行された65号の表紙は高架線上を走行するリムトレンのイラスト。そのリムトレン側面にも'88さいたま博覧会のキャラクターが描かれています。同号の特集内容もリムトレンに関するもので、先述の三橋中央通線計画と'88さいたま博覧会会期後の実験結果について掲載されています。
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《さいたま博覧会のその他の乗り物》
秩父鉄道 パレオエクスプレス運行開始
エイチ・エス・エス・ティ HSST-04('88さいたま博覧会)
《'88さいたま博覧会リニアモータ新交通実用実験線》
昭和63年3月19日~5月29日に埼玉県で開催された『'88さいたま博覧会』では二つのリニアモーターを使用した鉄道が出展されました。左の図は埼玉博覧会の記念はがきの写真を(完全ではないですが)平面に近づけ、二つの会場内鉄道の路線図を示したものです。リムトレン、HSSTともに駅が一箇所設置されており、往復乗車による公開運転が行われていました。
リムトレンは社団法人日本モノレール協会が開発した鉄輪式リニアモーター式鉄道(集電は第三軌条方式)の愛称で、'88さいたま博覧会会場内に設けられた延長850mの『'88さいたま博覧会リニアモータ新交通実用実験線』にて実験走行を行いました。実験線には半径30mの曲線やロングレール、60‰の勾配、高架橋も設置され、会期前後に車両の走行性能、車両・地盤・高架橋の振動測定など各種実験を行っています。
日本モノレール協会の実験と同時期に、社団法人日本地下鉄協会でも大阪に60‰勾配・半径50mの曲線を備えた延長1,850mの大阪南港実験線を設置し、鉄輪式リニアモーター式鉄道(集電は架線集電方式)の実験を行っていました。後に日本国内に普及するリニアメトロは、終電方式をはじめ、各種技術については日本地下鉄協会のものを発展させたものです。
そうなると日本モノレール協会がリムトレンの実験を行っていた目的が一体何だったのか疑問に思えてきましたが、大きな違いは導入箇所がモノレールと同じく街路上にあることを前提としているため、日本地下鉄協会の実験よりも厳しい基準である急曲線への対応と騒音対策でした。昭和50年代以降からは街路上への交通機関として新交通システム(ゴムタイヤで走行するAGTと呼ばれるもの)が中心に導入されてきました。しかし、AGTではゴムタイヤを使用することによって分岐部の集電構造が複雑化することなどから建設費が高額で、建設後の保守費も高額となります。リムトレンでは鉄輪式を採用するためゴムタイヤ式より低コストとなり、更に同協会では車両の低床化によってホームが低くなるメリットも打ち出しています。これらの要因によってAGT(横浜新交通金沢シーサイドライン)と同条件における建設費の比較では19%も低廉になるそうです(1988年『モノレールNo.63』P.47)。
日本モノレール協会では複数の自治体からの委託によりリムトレン導入に関する調査を行っていました。特にさいたま博覧会と同時期には埼玉県の大宮市、浦和市(当時)の周辺に具体的な導入計画がありました。現在でもLRT導入を唱える団体が見られるのは、その名残かも知れません。これらの調査対象となった区間で実際に開業したものに『ゆりかもめ』がありますが、AGTが採用されており、残念ながらリムトレンではありません。ゆりかもめでは平成18年4月14日に船の科学館駅付近でホイールハブ破断によるタイヤ脱落事故が発生しており、今までの日本国内におけるAGTの歴史の中で重大な事故となりました。原因は、ホイールハブの長期使用による金属疲労と材質不良となっていますが、実際には事業者が見込んでいた修繕の周期より早く交換する必要が出てきてしまったという事でしょう。ゆりかもめの利用者がAGTとしては非常に多く、部品の劣化を早めたとも考えられます。復旧に3日も要しているのは今までに類を見ない事故である事以外に、AGTの複雑な構造から事故車の搬出に時間がかかった事も原因でしょう。AGTの様々なデメリットを露呈するものでした。仮にリムトレンが導入されていれば、都営大江戸線との直通の可能性が高まり、利便性、安全性がAGTを上回っていたかも知れません。
《三橋中央通線》
さて、同協会が埼玉県内で特に先行して導入することを唱えていたのが、三橋中央通線でした。埼玉県内の広範囲にわたる計画のうち、水判土(みずはた)~大宮駅西口間(約3㎞)の計画でした。途中に国道17号との交差点があり、それらの渋滞を避けるため、水判土で既存の路線バスから乗り換え、大宮駅西口に向かうもので、水判土には車庫、バスターミナル、商業施設等を開発するという路線延長の割にはもの凄く大きなスケールの計画でした。写真は大宮市内の国交省空中写真(平成元年度)に三橋中央通線の計画線を水色の線で書き足したものです。水判土駅から少し西に向かったところより、将来的には埼玉大学・浦和駅方面(南側)と指扇・上尾市方面(北側)に分岐、延伸する計画となっていました。
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【モノレール誌(No.65)】
社団法人日本モノレール協会の会報。昭和63年に発行された65号の表紙は高架線上を走行するリムトレンのイラスト。そのリムトレン側面にも'88さいたま博覧会のキャラクターが描かれています。同号の特集内容もリムトレンに関するもので、先述の三橋中央通線計画と'88さいたま博覧会会期後の実験結果について掲載されています。【関連記事】
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エイチ・エス・エス・ティ HSST-04('88さいたま博覧会)
2010年08月07日
逓信省 鉄道郵便(山陽鉄道)
【記念絵葉書】
《万国郵便連合加盟25年祝典記念絵葉書(明治35年6月20日発行)》
日本初の官製記念絵葉書6枚セットのうち、1枚が山陽鉄道(当時)で使用された郵便物受渡機械の図柄となっています。山陽鉄道では明治31年5月に902号郵便車が製造されています。
山陽鉄道は後に国有化され、現在ではJR西日本の山陽本線となっています。逓信省は後に郵政省となり、鉄道郵便局の東京門司線となっていました。
【関連記事】
《その他の鉄道郵便》
郵政省 鉄道郵便
郵政省 仙台鉄道郵便局盛大線
郵政省 仙台鉄道郵便局花巻盛岡線
《関連路線》
山陽鉄道 本線
《万国郵便連合加盟25年祝典記念絵葉書(明治35年6月20日発行)》
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《関連路線》
山陽鉄道 本線
2010年08月05日
ハロー・トーキョー タクシー
【記念乗車証】
《両備グループ100周年記念乗車(船)証(平成22年7月31日)》

両備グループの中核企業である両備ホールディングス株式会社の創業100周年を記念して、両備グループの交通機関(和歌山電鐵、岡山電気軌道、両備バスグループ、両備フェリーグループ、両備タクシーグループ)で配布された記念乗車(船)証。私は東京都内でタクシー事業を行うハロー・トーキョーを利用し入手しました。
デザインは和歌山電鐡たま駅長の写真とイラストを使用しています。猫駅長として全国的に有名になり、貴志駅の駅舎もたまステーションとして建て替えられました。グループ内でも特に話題性が高いために記念乗車(船)証にも取り上げられたのでしょう。しかし、両備ホールディングスの創業時は西大寺軌道(後の西大寺鉄道⇒両備バス西大寺鉄道線)という会社で、記念乗車(船)証の表裏ともに西大寺軌道(鉄道)に関連した文字、写真、イラストが一切使用されていない点は非常に気になります。
《両備グループ100周年記念乗車(船)証(平成22年7月31日)》

両備グループの中核企業である両備ホールディングス株式会社の創業100周年を記念して、両備グループの交通機関(和歌山電鐵、岡山電気軌道、両備バスグループ、両備フェリーグループ、両備タクシーグループ)で配布された記念乗車(船)証。私は東京都内でタクシー事業を行うハロー・トーキョーを利用し入手しました。デザインは和歌山電鐡たま駅長の写真とイラストを使用しています。猫駅長として全国的に有名になり、貴志駅の駅舎もたまステーションとして建て替えられました。グループ内でも特に話題性が高いために記念乗車(船)証にも取り上げられたのでしょう。しかし、両備ホールディングスの創業時は西大寺軌道(後の西大寺鉄道⇒両備バス西大寺鉄道線)という会社で、記念乗車(船)証の表裏ともに西大寺軌道(鉄道)に関連した文字、写真、イラストが一切使用されていない点は非常に気になります。





