2010年02月11日
名古屋鉄道 美濃町線
名古屋鉄道美濃町線は、徹明町〜新関〜美濃間を結ぶ路線でした。
平成11年には、新関〜美濃間が廃止されます。同区間に並行している長良川鉄道越美南線に新駅(関市役所前駅と松森駅)を設置し同線を代替交通機関としました。後に西日本鉄道北九州線黒崎駅前〜折尾間廃止時にも、並行鉄道路線(JR九州鹿児島本線)を代替交通機関とした例があります。新関〜美濃間の営業終了翌日からは、長良川鉄道に接続するため新関〜関間が開業し、徹明町〜新関〜関間の路線となりました。
しかし、利用者の減少が進み、平成17年に全区間廃止となりました。名鉄系列の岐阜乗合自動車(岐阜バス)が以前から運行し、美濃町線と競合していた岐阜上之保線、大洞団地線が代替交通機関となりました。
一時期、岐阜市を中心に上下分離方式での存続が検討されていましたが、平成16年7月に岐阜市長による存続断念の発表によって廃止がほぼ確定となりました。岐阜市は同時期に市内の産廃業者による不法投棄問題を抱えており、この処理に市が大量の税金を投入せざるを得なくなっていた状況だったことから、馬鹿な産廃業者さえ存在していなければ美濃町線などの名鉄600V路線が残った可能性は高かったと思います。名鉄600V路線の廃止が直接影響しているか分かりませんが、名鉄岐阜駅前のパルコも閉店してしまいました。
最近になって、路面電車を残せなかった悔しさからか岐阜市がBRTの導入を検討し始めました(同市がイメージしているBRTは連節バス+バスレーンのようです)。しかし、路面電車利用が定着せず、一時期だけに行われる博覧会のために軌道を撤去させた過去を持つ地域で、それが実現するのか疑問に思います。
【新関駅硬券入場券(平成16年8月16日収集)】
美濃町線は軌道ですが、新関駅は同線内で唯一の有人駅で入場券も扱っていました。営業最終日にも訪問していますが、硬券・補充券類は売り切れでした。
======================================
【写真】
《旧美濃駅(平成13年3月25日撮影)》
廃線後も駅舎には鉄道グッズ販売店が入居し、有効活用されています。ホームにはモ510形とモ600形が保存されています。
《平成16年8月16日撮影》
写真は岐阜市長の断念発表の翌月に、もう存続は無理だろうと思い、訪問した際に撮影したもの。部分低床車の導入など面白い取り組みが見られたのですが…
《平成17年3月31日(営業最終日)撮影》
運行最終日に訪問しました。揖斐線方面にするか美濃町線方面にするか迷いましたが、今までの乗車回数が少ない方で結局美濃町線を選択しました。名鉄岐阜駅7番線で田神線経由の関行最終列車を待ちますが30分遅れだそうです。マニアによる運行妨害があったのでしょうか。
関行きの最終列車に乗車しました。混んでいますが席に座れました。立っているマニアの一部は各駅に停車する度にホームにでて写真撮影。乗務員も少しピリピリした感じで時々注意の案内をします。乗客の1/3が通勤客、1/3がマニア、残りは地元の親子連れのお名残乗車組でした。特に親子連れは短区間乗車がほとんどで、各駅で乗降、それを見送る家族の姿もありました。新関からは1区間だけ乗車してくる鉄道マニアが多数いました(写真は新関駅到着前の様子)。
終点の関に到着。開業から6年で廃止となりました。
関で折り返す、名鉄岐阜行き最終列車は更に混みます。
関行き最終列車と異なりほとんどが鉄道マニア。写真左は関駅出発直後の様子。写真右は新関駅出発時の様子。構内に蛍の光が流れ、テレビ局のフタッフや地元の見送りの方々でいっぱいです。いよいよ出発。様々な色の紙テープがちぎれ、最終列車は新関をあとにします。平行する道路には列車に乗っている家族を追跡(!?)するお父様方の車も。大変そうです。下り列車の遅れで下芥見で長時間停車しました。その間は流石に全員撮影タイムとなっていました。途中で「名鉄本線の金山方面に乗り継がれるお客様いますか?」との乗務員の放送に大半のファンらしき人は「は〜い(←ハモってる!!)」と返事。名鉄岐阜で接続をとる為でした。結局、田神到着は23時40分頃で1時間近く遅れていました。
※平成17年4月01日掲載(運行最終日の状況)
※平成22年2月11日更新(入場券、本文、写真)
【関連記事】
《名古屋鉄道のメイン記事》
名古屋鉄道 名古屋本線
《代替交通機関》
長良川鉄道 越美南線
岐阜乗合自動車 岐阜上之保線
岐阜乗合自動車 大洞団地線
平成11年には、新関〜美濃間が廃止されます。同区間に並行している長良川鉄道越美南線に新駅(関市役所前駅と松森駅)を設置し同線を代替交通機関としました。後に西日本鉄道北九州線黒崎駅前〜折尾間廃止時にも、並行鉄道路線(JR九州鹿児島本線)を代替交通機関とした例があります。新関〜美濃間の営業終了翌日からは、長良川鉄道に接続するため新関〜関間が開業し、徹明町〜新関〜関間の路線となりました。
しかし、利用者の減少が進み、平成17年に全区間廃止となりました。名鉄系列の岐阜乗合自動車(岐阜バス)が以前から運行し、美濃町線と競合していた岐阜上之保線、大洞団地線が代替交通機関となりました。
一時期、岐阜市を中心に上下分離方式での存続が検討されていましたが、平成16年7月に岐阜市長による存続断念の発表によって廃止がほぼ確定となりました。岐阜市は同時期に市内の産廃業者による不法投棄問題を抱えており、この処理に市が大量の税金を投入せざるを得なくなっていた状況だったことから、馬鹿な産廃業者さえ存在していなければ美濃町線などの名鉄600V路線が残った可能性は高かったと思います。名鉄600V路線の廃止が直接影響しているか分かりませんが、名鉄岐阜駅前のパルコも閉店してしまいました。
最近になって、路面電車を残せなかった悔しさからか岐阜市がBRTの導入を検討し始めました(同市がイメージしているBRTは連節バス+バスレーンのようです)。しかし、路面電車利用が定着せず、一時期だけに行われる博覧会のために軌道を撤去させた過去を持つ地域で、それが実現するのか疑問に思います。
【新関駅硬券入場券(平成16年8月16日収集)】
美濃町線は軌道ですが、新関駅は同線内で唯一の有人駅で入場券も扱っていました。営業最終日にも訪問していますが、硬券・補充券類は売り切れでした。
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【写真】
《旧美濃駅(平成13年3月25日撮影)》
廃線後も駅舎には鉄道グッズ販売店が入居し、有効活用されています。ホームにはモ510形とモ600形が保存されています。
《平成16年8月16日撮影》
写真は岐阜市長の断念発表の翌月に、もう存続は無理だろうと思い、訪問した際に撮影したもの。部分低床車の導入など面白い取り組みが見られたのですが…
《平成17年3月31日(営業最終日)撮影》
運行最終日に訪問しました。揖斐線方面にするか美濃町線方面にするか迷いましたが、今までの乗車回数が少ない方で結局美濃町線を選択しました。名鉄岐阜駅7番線で田神線経由の関行最終列車を待ちますが30分遅れだそうです。マニアによる運行妨害があったのでしょうか。
関行きの最終列車に乗車しました。混んでいますが席に座れました。立っているマニアの一部は各駅に停車する度にホームにでて写真撮影。乗務員も少しピリピリした感じで時々注意の案内をします。乗客の1/3が通勤客、1/3がマニア、残りは地元の親子連れのお名残乗車組でした。特に親子連れは短区間乗車がほとんどで、各駅で乗降、それを見送る家族の姿もありました。新関からは1区間だけ乗車してくる鉄道マニアが多数いました(写真は新関駅到着前の様子)。
終点の関に到着。開業から6年で廃止となりました。
関で折り返す、名鉄岐阜行き最終列車は更に混みます。
関行き最終列車と異なりほとんどが鉄道マニア。写真左は関駅出発直後の様子。写真右は新関駅出発時の様子。構内に蛍の光が流れ、テレビ局のフタッフや地元の見送りの方々でいっぱいです。いよいよ出発。様々な色の紙テープがちぎれ、最終列車は新関をあとにします。平行する道路には列車に乗っている家族を追跡(!?)するお父様方の車も。大変そうです。下り列車の遅れで下芥見で長時間停車しました。その間は流石に全員撮影タイムとなっていました。途中で「名鉄本線の金山方面に乗り継がれるお客様いますか?」との乗務員の放送に大半のファンらしき人は「は〜い(←ハモってる!!)」と返事。名鉄岐阜で接続をとる為でした。結局、田神到着は23時40分頃で1時間近く遅れていました。
※平成17年4月01日掲載(運行最終日の状況)
※平成22年2月11日更新(入場券、本文、写真)
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